日本皮膚科学会キャリア支援

若手や管理職が抱える対人関係の“モヤモヤ”を“心理的安全性”で解決へ導く若手や管理職が抱える対人関係の“モヤモヤ”を“心理的安全性”で解決へ導く

プロフィール

石井 遼介

株式会社ZENTech 取締役、一般社団法人「日本認知科学研究所」理事、慶應義塾大学システムデザイン・マネジメント研究所研究員

東京大学工学部卒業。
シンガポール国立大 経営学修士(MBA)。 組織・チーム・個人のパフォーマンスを研究し、アカデミアの知見とビジネス現 場の橋渡しを行う。心理的安全性の計測尺度・組織診断サーベイを開発すると共 に、ビジネス領域、スポーツ領域で成果の出るチーム構築を推進。2017年より日本オリンピック委員会より委嘱され、オリンピック医・科学スタッフも務める。
プロフィール

中島 沙恵子 先生

京都大学大学院医学研究科 炎症性皮膚疾患創薬講座 皮膚科兼任 特定准教授

2003年大阪医科大学卒業後、京都大学医学部皮膚科へ入局。2012年、京都大学大学院博士課程修了。日本学術振興会 特別研究員(PD)を経て、2015年より米国国立衛生研究所へ客員研究員とし て留学。2017年4月に帰国し、京都大学大学院医学研究科皮膚科助教に。2021 年5月より現職。
心理的安全性×皮膚科
~若手や管理職が抱える対人関係の“モヤモヤ”を“心理的安全性”で解決へ導く~
コミュニケーションの“モヤモヤ”を解決するヒントになりうるのが、近年注目されている「心理的安全性」です。本対談では、『心理的安全性のつくりかた』の著者である石井遼介氏と、過去に石井氏の講演を聴き「この考え方を皮膚科医が知ることで、より良い医療の提供につながるのではと感じました」と話す中島沙恵子先生に、心理的安全性がもたらすメリットや、チームや職場で心理的安全性を高める方法、実際の現場で起こりうるエピソードをもとにした実践法についてご討議いただきました。

心理的安全性を担保すると
治療成績が上がる?

中島近年、「心理的安全性」という言葉をよく耳にするようになりました。私もビジネス書やSNSなどで目にして興味を持っていましたが、2021年に参加したイベントで石井さんのレクチャーを拝聴し、「対人関係の悩みを解消できるヒントがたくさんある!」と感じました。皮膚科医が知ることで、もっと良い医療が提供できるのではないかと思っています。

石井ありがとうございます。「心理的安全性」という言葉はビジネスの世界でよく使われますが、医療現場とも相性の良い考え方だと思います。
というのも現在ハーバード・ビジネススクール教授を務めるエイミー・C・エドモンドソンが1999年に「チームの心理的安全性」という概念を打ち立てたのですが、これは彼女が複数の病院での医療ミスについて調査したことがきっかけだったのです。この調査で、治療成績の良いチームとあまり優れないチームを比較したところ、治療成績の良いチームのほうがミスが多いという結果でした。普通に考えれば、治療成績の悪いチームのほうがミスが多いと思いますよね。そこでさらに詳しく調べてみると、治療成績の良いチームではミスが起こったら確実に報告されていることが分かったのです。

中島なるほど。

石井逆に言えば、ミスがあっても「こんなことを言うと怒られるのではないか」、「それなら報告はせず、なかったことにしたほうが良いのではないか」と、メンバーの口を噤ませてしまうチームのほうが、治療成績が良くなかったことになります。何かトラブルが起きたとき、誰かに助けを求める必要があるときに、困った状態にあることをいかに早く報告できるか。これが心理的安全性の根幹となる重要なコンセプトです。

中島皮膚科の臨床現場でも、最初の小さなトラブルやちょっとした気づきがシェアされなかったために問題が大きくなってしまうことは起こりうると思います。隠すつもりはなくても「これぐらいなら言わなくてもいいかな」と思ってしまう......。私自身も若手の頃はそう思ったことがありますし、チームリーダーとして「気になることがあれば何でも言ってくださいね」と伝えても、メンバーから発言してもらえなかった経験もあります。

石井シンプルに定義すると、心理的安全性とは率直な意見や素朴な疑問、「これ、変じゃないですか?」という違和感の指摘が、地位や経験にかかわらず誰もがいつでも気兼ねなく言える状態のことです。裏を返せば、「こんなこと言って怒られないかな」とか「、専門家なのに『こんなことも知らないのか』と思われないかな」といった、余計な恐れがない状態と言ってもいいでしょう。

中島ミスをすぐに共有することで迅速な対応が可能になり、後々の大きなトラブルを防ぐことにつながると思います。そのためには、お互いに率直に意見を言い合える「心理的安全性の高い」チーム・組織づくりが大切なんですね。

心理的安全性がもたらす
「3つのメリット」とは?

石井心理的安全性の保たれたチームでは、大きなトラブルを減らすことが期待できるだけでなく、仕事への満足度やチームへの愛着が高まり、離職率が下がることが知られています。また、心理的安全性の高いチームのほうがチームとしての学びが促進され、中長期的にパフォーマンスが向上すると言われています。誰かがミスをした場合、ついミスをした個人を責めてしまいがちです。 しかし、業務のやり方や物の配置を見直すことでミスを減らせるならそのほうが効率的です。個人のミスをチームとして共有し、どうすればミスの再発を防げるかを率直に話し合い、対策を講じることで他の人が同じ失敗をすることも防げるなど、チームとしてより早く、より多くを学ぶことができます。

中島心理的安全性を確保することでチームとしての学びが促進されることは、とても大きなメリットだと思い ます。ただ、心理的安全性を取り入れることで「“なぁなぁ”な職場」になってしまわないでしょうか。


石井心理的安全性を機能させる上で重要なのが、「仕事の基準」という考え方です。の図は心理的安全性の高・低を上下に、仕事の基準の高・低を左右に取ったマトリクスにより、チームや組織を4つのタイプに分類したものです。心理的安全性が高い職場=アットホームというイメージから、緊張感のない「ヌルい職場」だと誤解されやすいのですが、学習し成長するチームとして 優れたパフォーマンスを発揮するためには、心理的安全性と仕事の基準の両方を、高い水準に保つ必要があります。

中島心理的安全性を担保すると良いことが起こるというのはイメージできるのですが、具体的にどういうアクションを起こせば良いのか、またどういう気の持ちようでいれば心理的安全性がうまく保たれるのでしょうか。

石井例えば、ミスを減らそうとして、部下のミスを叱る・厳しく指導するなどの行動を取った場合、基本的にはミスの報告が少なくなっていくんですね。そうすると、報告を受ける立場の上司は「最近、ミスの報告を聞かな くなったな」と思い、ミスが減ったかのような間違った実感を持ってしまうかもしれません。良かれと思って厳しく指導しても、実は役に立っていないわけです。ですから、ミスでもトラブルでも、まず「教えてくれてありがとう」と伝えることからスタートします。そして「こういう手順でやればミスは防げるよ」、「ここで確認の手順を挟むだけで解決するよ」と具体的な方法を提示すると、ミスの報告もしやすいですし、若手の育成という観点でも効果的だと思います。

カギは「心理的柔軟性」を
磨くこと

中島ミスの報告が減ることで、中間管理職のポジションにいる人たちが何となくうまくいっているような気持ちになってしまう、という状況はよく分かります。また、「報告してくれてありがとう」と伝えることはとても重要だと思いました。ただ、私はミスをすれば怒られるのは当たり前だと思って育ってきた世代なので、ミスをした相手に「こんなこともできないの!」と言いそうになるのをグッとこらえて(笑)、冷静に「ありがとう」と言えるのか、課題でもあり不安にもなるのですが......。

石井よくお話ししているのが、「心理的に柔軟なリーダーシップを磨いていきましょう」ということです。心理的柔軟性とは、平たく言うと「心のしなやかさ」のことなのですが、これがないと何かトラブルが起こったと きについ怒ってしまったり、叱責してしまったりします。 心のしなやかさをイメージしにくい場合は、「役に立つ」とか「機能する」という言い方をしても良いでしょう。
「この人にこの言い方をして、役に立つだろうか」と、 常に自分に問いかけるだけでもしなやかさを磨くことはできます。また、「昨日のミーティングで怒ってしまったけれど、あまり役に立たなかったな」と振り返ることができれば、それで十分に心理的柔軟性の第一歩を踏み出せています。こうした自分の行動の振り返りを続けていき、「行動→気づき」までの時間が短縮され、すぐに気づけるようになれば、その場で怒らずに済みますよね。まずは「怒らず別の言い方をしてみよう」という観点を持つこと、そして自分の行動を振り返って「あのときはああ言ったけど、あまり役に立たなかったから次はこうしてみよう」と振り返るだけでも、心理的柔軟性を磨くことはできます。

中島確かに、報告が分かりにくい先生に「あなたの報告は全く分からない!」と詰め寄ったとしても、その先生の報告能力が向上するわけでも、患者さんの役に立つわけでもないですね。

石井怒りたい気持ちや「何でこんなこともできないのか」という気持ちは、それはそれで大事なものです。しかし、その気持ちを相手に投げつけてしまうと、次からは報告してもらえなくなる、そうなると患者さんにとっ てマイナスになる、という物差しを持っていただけると、少しずつでも行動を変えていけると思います。

「気持ち」ではなく
「やってほしい行動」を伝える

中島先ほど「心理的安全性と仕事の基準の、両方が高いことが大切」というお話がありましたが、心理的安全性を保ちながらもヌルくならず、高いパフォーマンスを発揮できるチームを目指していくためのヒントがあればお聞かせください。

石井上司や先輩の立場にある方が、「小さなことでもできるだけ早く教えてくれたら歓迎する」と宣言することは役に立つ行動です。ここで重要なのは、宣言するだけではなく、「宣言=約束」ですから、約束を守ることです。「何でも言ってね」と言っておきながら、いざ報告しようとすると「今忙しいから、後で」とあしらったり、「何でこんなことになるんだ!」と怒ってしまったりすると、「『何でも』と言っていたけど、何でも聞きたいわけではないんだな」という、間違ったメッセージを送ってしまうことになります。本当に忙しいときは、「今、この件でちょっと手が離せないから、これが終わったらこちらから声かけるから」と約束をして、それが守られれば心理的安全性は担保されると思います。そういうオプションも持っておくと良いですね。

中島部下が勇気を出して言ってくれたという事実をしっかり受け止めて話を聞く、そこから一緒に対策を考えていく。その意識をチーム全員が持つことが大切ですね。

石井そう思います。また、一緒に対策を考えていく上でご紹介したい考え方があるんです。中島先生、このコップを「やる気を出して」持っていただけますか。

中島(コップを持ち上げる)......難しい(笑)。

石井そうですよね。自分で「やる気を出すぞ」と決めても、やる気は簡単に出てきません。ですから、他人の心をコントロールするのはもっと難しいことなんです。 それなら、やる気があるかないかは一旦脇に置いて、「役に立つ行動を取っているか」を論点にしたほうが有意義です。「やる気を出せ」、「しっかりしろ」など、コントロールの難しい心の中のことでなく、例えば「このタイミングでもう一度確認しよう」など、やってほしい「行 動」にフォーカスして話をすると、一歩前に進みやすいと思います。

中島確かに、気持ちと行動を切り離して考えると、冷静になれるような気がします。カッとなりにくくなりますし、感情のままに叱責してしまうこともなくなると思うので、とても有用で、しかもすぐにできそうな良い方法だと感じました。

石井もう1つのアドバイスは、なるべく制度やルールを変えることに走らないということです。もちろん、それがチームのためになるのなら構わないのですが、特定の誰かと直接話をするのが億劫だから、本来は対話すれば分かってもらえたり納得してもらえたりするはずなのに、ルール変更に走ってしまうことも多いのです。新たにルールをつくったり変えたりする前に、「本当にルールを変えることが最善の答えなのか。直接話せば良いのではないか?」と、一度振り返っていただくと役に立つと思います。


中島苦手な人や扱いにくい人との対話はどうしても避けてしまいがちになって、本筋とは違うところにテコ入れしたくなることは、確かにあるなと思います。安易にルールをつくるのではなく、本当の問題はどこにあるのか冷静に見る目を持ち、必要があれば1対1での対話を通して、チーム全員が快適で安全だと思えるチームづくりを進めていきたいですね。組織の中にいると、どうしても「自分がより快適に仕事をしたい」という目線になりがちですが、私たちの最終的な目標は、組織やチームの心理的安全性を担保することで患者さんにより良い医療を提供することです。「患者さんにとってメリットがあるか」、「より良い医療が提供できるか」というキーワードは医療従事者には受け入れやすく、このキーワードを心に置いておくことで、方向性を誤らずに済むのではないかと思います。

心理的安全性の高いチームは、
○○な時間を設けている!

中島心理的安全性の高い組織・チームづくりを目指している病院やクリニックは多いと思います。しかし、「今日から心理的安全性だ!」と号令をかけても、具体的にどう実践すれば良いのか分からず踏み出せない、ということもあるのではないでしょうか。これまで石井さんにお話を伺って、「良い医療を提供する」、「患者さんのためになることをやる」という共通目標のもとに行動するというのは大きなヒントだと思ったのですが、病院の規模や環境はまちまちですし、医局なのか多職種協働の医療チームなのかなど構成メンバーもさまざまです。多様なチームがある中で、それぞれに合った目標をどう設定していけば良いのでしょうか。

石井心理的安全性の高い組織・チームでは、チームビルディングのための時間を設けていると言われています。例えば、メンバーがお互いを知る時間を取る、チームの目標を設定する時間をつくる、などです。

中島チームビルディングのための時間......取っていないですね。そのために時間を取るという発想はなかったです。

石井チームビルディングの第一歩として、月1回、1時間でも30分でも構わないので時間をつくっていただけると良いですね。さらにその時間を利用して、メンバー一人ひとりが、大切にしたいことを言葉にして「見える化」することをお勧めします。というのも、大切にしたいことが明確になると、それを実現するための行動へとつながりやすいからです。新しいプロジェクトを立ち上げる場合は、プロジェクトリーダーが先に「これを目標にしよう!」と決めてしまって、その後メンバーと一緒にブラッシュアップするというやり方でも構いません。すでにコミュニティーが出来上がっている場合には、 まず3人1組など少人数のグループで「私たちのやりた いこと、大切にしたいことは何だろう」と話し合い、他のグループと意見を持ち寄ってすり合わせていく、というやり方もできると思います。

中島皆、何となく「いい風にしたい」と感じているとは思いますが、そこをもう一歩踏み込んで、具体的に話し合って言語化できれば、共通の認識を持ちやすくなりますね。

石井良い医療の基準は病院それぞれで違うでしょうし、言葉にするのは難しいかもしれません。しかし、「あのときのあれって良かったよね」などと良かったシーンを思い出すだけでも、「良い医療」の共通認識を育みやすいと思います。悪かったことを思い出すと反省会になってしまって気持ちも沈んでしまいますが、良かったことを思い出す分には皆ハッピーになれますから、取り組みやすいのではないでしょうか。

中島嫌なことは覚えていても、良いことは案外記憶に残らないので、言葉にしてアウトプットしておくと良いですね。

石井もう一つ、これは特に若手の先生にお勧めしたい点ですが、「感謝やお礼の言葉を贈り合う」ことを意識してください。中堅やベテランの先生方こそ、「できて当たり前」と思われて褒められる機会が少ないということはよくあります。ですから、上司が働きやすいマネジメントをしてくれたときなどに、「先ほどの会議でうまく声をかけていただいたので、スムーズに話すことができました」と一言伝えるだけで、「ああやって声をかければいいんだ」と、上司は上司で学ぶことができるんです。お礼を言うだけですからそれほどハードルは高くないでしょう。ぜひ実践していただきたいですね。

中島上司から部下へ、先輩から後輩へアプローチするよりも、部下から上司、メンバーからリーダーへ働きかけるほうが難易度は高いと思いますが、この方法なら自分より目上の方にもアプローチできますね。参考にしたいと思います。

心理的安全性をつくるリーダーは 「あなた」から

石井氏からのメッセージ

本日は、心理的安全性の高い組織・チームづくりをテーマに、役に立つことをしよう、心理的に柔軟なリーダーシップを磨こうという話をさせていただきました。同じ病院の医師同士であっても上司、部下、同僚とそれぞれ立場は違うでしょうし、看護師や薬剤師など他の職種の方からすれば「医師」に対してヒエラルキーを感じてしまうかもしれません。ですから、心理的安全性をつくる一歩目として、特に上司の立場にいる方には、部下あるいは他職種の方は発言しづらさを感じていることを前提に、考えていただくと良いと思います。
ただし、チームビルディングはチームの上位にいる人だけが行うものではありません。役職や立場にかかわらず、読者の皆さんお一人お一人がチームを変えていくリーダーです。ポジション関係なく、自ら率先して行動を変えていくことがとても重要です。ぜひ、皆さんから心理的安全性の高いチームをつくっていただければと思います。

中島先生からのメッセージ

いきなり大きな組織を変えていくのはとてもハ ードルが高いのですが、まずは身近にある小さな 組織やチームを変えていくことなら始められそうですね。とは言え、いきなり「今日から心理的安全性を高めていきたいから、言いたいことがあれば何でも言ってね」と言われて、すぐに発言できるメンバーはほとんどいないと思います。今回の対談を通して、自分からコミュニケーションを発信して、何かトラブルが起こったときは自分から積極的にシェアして、メンバーからも意見を聞くという行動をできるだけ取っていくと、良い方向に向かうのではないかと感じました。
本対談では実際のエピソードを踏まえて、どのように心理的安全性を高めていけば良いのか、具体的な方法を学べました。目からうろこが落ちる思いでしたし、とてもためになりました。石井さん、本日はありがとうございました。

石井 遼介氏 著書