日本皮膚科学会キャリア支援

戸倉新樹先生のコレ !

日本皮膚科学会副理事長
浜松医科大学医学部皮膚科 教授

二十五年後の読書

二十五年後の読書

乙川優三郎著 角川文庫

圧倒的な筆力である。文章を書くことを信じ、錬磨し、知的果実を産み出す。主人公は女性の書評家である。一見心安い生活振りだが実は気を張って行きている都会的な人間である。ここに描かれる20代から57歳までの間に、3人の男性と親密になる。

1人目は20代で転勤を機に疎遠となった記者、2人目はその後知り合ったこのストーリー中で最も重要な小説家、もう一人は55歳で知り合いカクテル・コンペティションを共に戦うバーテンダー。
物語の終焉に向かって明らかになっていくのは、主人公と2人目の男の、病的なまでの、どう生きるかへの問い掛けである。
その問いは決して高邁なものではなく、我々でも起こりそうな事問であり、不安を伴う。筆致はくどいまでに克明であっても、言葉は見事に吟味されており、間断がない。

乙川優三郎の本では「トワイライト・シャッフル」を以前楽しみながら読んだ。当時私は家庭の事情で、実家から大学までJRとバスで通っていたが、この本のお陰で通勤が 苦にならなかった。
房総の海岸を描写した独特の空気感と伴に、善人の人間模様が丁寧に描かれていた。中心課題はやはり男と女であった。

さて「二十五年後の読書」を賞賛することに反するものでは無いが、この小説は男性作家である乙川が、女性に憑依することによって書かれている。それってどうなんだろう、女性の頭脳と体に首尾よくテレポートするのは簡単ではない。
ましてや女性読者に、これって女と違う、と酷評される危険を孕む。男性作家が描く女性像については古くから考察されており、類型化もされている。その挙句、男性は対等な人格をもった存在としての女性像をうまく組み立てられていない、という意見もある。
つまり男は女を理解できないかもしれない。そうまで考究されてきた課題に、敢えて取り組もうとする作家は余程女性の理解に自信があるのであろう。

私も男女の違いについては、自分なりの一定の理解がある、いや、つもりである。その理解によって、家庭内も家庭外も上手くいっている、と胸を張って言いたいところではあるが、そうでもない。
若干の勇気と伴にここに記そう。女性は小さなコミュニティでの評価や居心地の良さを求め、男性は社会での評価つまり成功を求める、というのが私の考えである。女性の細やかさや男性の傍若無人振りはここから来る。

「女の機嫌の直し方」(黒川伊保子著)という本があり、愚息がドラマ化・映画化に取り組んでいるというので読んだ。その内容は興味深く、かつ私の感じ方と同じだと相槌を打った。またしても不可避で魅惑の女性論になってしまった。