日本皮膚科学会キャリア支援

どう未来を切り開くか

医師の働き方改革が医療界に与えるインパクトは大きい。その結果、医療がどのように変化するのか議論の的となっている。 働き方改革が日本に先行して実行されている EU、中でも日本の皮膚科の源流の1つでもあるドイツの皮膚科では今何が起きているのか?トーマス・ビーバー先生とマヤ・モッケンハプト先生の両氏にお話を伺った。
インタビューは2018年6月(第117回総会)と 11月(第70回西部支部学術大会)に行われ、 日本とドイツからの現状と課題について、忌憚のない議論が繰り広げられた。 本特集が、読者の方々にとって、日本医療の未来をどう切り開いていくか?という議論の足掛かりとなればと切に願う。

Dr.Thomas Bieber

Department of Dermatology and Allergy Christine Kune-Center for Allergy Research and Educatio University Medical Center Rheinische Friedrich-Wilhelms-University, Bonn, Germany

Dr.Maja Mockenhaupt

Managing senior physician of the Dept of Dermatology, Medical Center-University of Freiburg, head of the German Registry of severe skin reactions and coordinator of the multinational RegiSCAR-projec

秀道広先生: 日本では、キャリアアップ、 特に女性皮膚科医のキャリアアップに関して多くの問題があります。そして地方の皮膚科医不足にも苦しんでいます。日本では、個人クリニックを開業するのは自由なので、仕事がきつければ、熱意を失ったり、あるいは、個人クリニックを開業する方を好んだりします。 そのため、日本皮膚科学会は、女性だけでなく 男性も含め、皮膚科医のより高いキャリアを 目指す支援を行う委員会を設立しました。 まずは、ドイツでは、皮膚科医の数が十分であるかについて伺いたいと思います。

ThomasBieber先生: ドイツでは、皮膚科医は不足していないと思います。現在、ドイツには3,000人から4,000人の 皮膚科医がいます。問題は皮膚科医不足ではなく、皮膚科医の分布が不均衡であることです。皮膚科医のほとんどは都市に居たがりますから...。

秀道広先生: 状況は日本でも同じです。

ThomasBieber先生: 皮膚科医に限らず、総合診療医もますます地方に行きたがらなくなっています。彼らはさまざまな理由で、都市にとどまることを好むのです。これが1つ目の課題です。2つ目は、皮膚科の人気と関連しています。 ドイツでは、皮膚科は最も人気のある専門科の1つで、特に女性に人気があります。
また、 個人のクリニックに行くと、複数の女性医師が、1つのクリニックをシェアしています。それぞれが、労働時間の半分、または4分の3ないし4 分の1だけ働きながら、長年にわたってクリニックを経営しているのです。

秀道広先生: なるほど。その方法は、女性たちにとっては非常に魅力的なようですね。
彼女たちは、ある意味、自由な時間が限られていますからね。

ThomasBieber先生: その通りです。

秀道広先生: 日本では、多くの女性皮膚科医は、時短の仕事を好みます。しかし、皮膚疾患は軽症のものだけではないですし、入院して治療を行う必要がある患者もいます。そのような患者には、当直体制をとらなければな らないので、仕事としてはかなりハードです。 なので、時短勤務を好む皮膚科医たちは、そのような仕事をしたがらないか、または、できないという状況です。必然的に、重い負担はフルタイム勤務の皮膚科医にかかっています。 そのため、フルタイム勤務医の間には多くの不満が生じています。

ThomasBieber先生: 現在、ドイツのほぼ全ての医学部では学生の70%から75%を女性が占めています。
これは、その数年後にどの専門科にするかを決める医師の大部分が女性であることを意味します。皮膚科は、その 中でも特に女性の割合が高く、約80%を占めています。それでも、彼女たちが妊娠しない限りは問題ないのですが、妊娠すると状況は全く違ってきます。つまり、子供がいない間は、 100%働けるのですが、復帰後は、50%、60%、あるいは80%までに抑えるのです。それが1つ目のポイントです。2つ目のポイントは、日本でも同様かもしれませんが、研修を始めた 若い皮膚科医が、アカデミックなキャリアにほとんど関心を示さないということです。

秀道広先生: 本当ですか?

ThomasBieber先生: はい。皮膚科医が認定機関から認定されるために必要な5年間の研修が終わると、ほとんどの若い皮膚科医は病院を離れ、他の2〜4人の同僚たちと個人クリニックを開業するのです。
これは私たちにとってのもう1つの問題です。 人数としては、女性は十分にいるのです。女性は多過ぎるとさえ言えるでしょう。しかし、男性の数は足りません。そして、彼らは皮膚科に従事する意思は強いのですが、アカデミックなキャリアには関心を持たないのです。

秀道広先生: ここでアカデミックとおっしゃるのは、例えば、大学や研究所で働くことでしょうか?

ThomasBieber先生: はい、そうです。
もう1つのポイントは、これも非常に重要なのですが、ドイツの医療制度に起因する問題です。医療保険制度下の診療では、皮膚科医の報酬はあまり高くありません。そのため、多くの皮膚科医は美容皮膚科に関心をもっています。全員ではないにしても、多くの開業医は、 診療時間の20%以上、ときには30%を美容医療に費やし、多くの収入を得てい ます。

秀道広先生: なるほど。状況は想像できます。

ThomasBieber先生: つまり、美容医療は皮膚科医にとってお金になる仕事なのです。そして、 これが若者に対する皮膚科の魅力でもあるのです。多くの時間とエネルギーを費やし、通常の患者を診察してもお金は稼げませんが、 美容医療をやれば大金を稼げるのです。こういう状況は、皮膚科にとっては危険なことだと思います。

秀道広先生: 皮膚科医の不足ではなく、アカデミックな皮膚科医の不足ということですね。

ThomasBieber先生: その通りです。アカデミックな皮膚科医不足は、ドイツでも問題になっています。

秀道広先生: 私は、皮膚科医全員が大学や研究所へ留まらなくてはならないとは思いません。しかし、昔からある皮膚疾患分野、特に重症疾患に取り組むような、非常に積極的でチャレンジ精神のある皮膚科医が必要なのです。

ThomasBieber先生: 私たちも、全く同じ問題を抱えています。それは、いうならば如何にしてコアダーマトロジーを守るかという命題です。若い世代に、長時間病院にとどまり、積極的に研究を行うよう説得することは非常に困難です。以前、私がミュンヘンで研修していた頃は、多くの人たちがphysician scientist として研究を行うことを望んでいました。もう30年前の話です。現在は、関心を持つ若いフェローを見つけ、physician scientistとしてのキャリアに進ませることは非常に難しくなっています。

秀道広先生: しかし、ヨーロッパ、特にドイツでは、治療が難しい皮膚疾患を含めて幅広い皮膚科治療を行なっているという印象があります。

ThomasBieber先生: それは世代によって異なります。私の世代はまだそうしていますが、次の世代は、そうはしていません。

秀道広先生: なるほど。日本の状況から類推すると、そこには2つの理由がありそうです。1つはそのような仕事が重労働であること、2つ目は収入の問題です。日本では、個人のクリニックでは、美容に頼らなくてもそれなりに多くの収入を得ることができます。総合病院では、個人のクリニックよりも大幅に収入が減りますが、アカデミックな環境よりはまだましです。ドイツでも状況は同じですか?

ThomasBieber先生: 同じです。つまり、さまざまな理由で、アカデミックなキャリアの魅力は小さいのです。

秀道広先生: 私たちは、アカデミックな仕事には挑戦する価値があることを分かってもらおうと努力しているところです。

ThomasBieber先生: 人々のモチベーションを高め、インセンティブを見つけ、研究に関心を持たせる方法を見つけなければなりません。

秀道広先生: お金で彼らにやる気を起こさせるわけではなく...

ThomasBieber先生: そうです。お金ではありません。知的なインセンティブです。 教授になろう、素晴らしいアカデミックな教育を受けよう、研究で優れた成果を残そう、と願うこと、そういった本来自らの中にある感情を満たすことがインセンティブだと思います。

1日12〜14時間以上働いて、アカデミックなキャリアを積んだ
(Thomas Bieber)

ThomasBieber先生: ヨーロッパには別の側面があります。若い人々がphysician scientistとなるモチベーションを阻害してしまう、業務時間を制限する法律があります。
私がアカデミックキャリアを積んでいた頃、1日当たり12〜14時間以上働いていました。
朝、クリニックで1日が始まり、患者の検体や血液を取り、午後4時には研究室へ行き、その材料で研究を行い、深夜まで行うこともありました。私は、それがアカデミックなキャリアで成功を収めるためには必要なことだと思っていました。でも、6年くらい前からこのような働き方が法律で禁じられたのです。若い世代は、病院の経営陣と1週間当たり40時間以上勤務してはならないという内容の契約を結ばされます。

秀道広先生: それは非常に短いです。信じられません。

ThomasBieber先生: これが、新しい世代の医師たちがキャリアを積む枠組みなのです。ご想像通り、働く時間を1週間当たり40時間に制限されれば、優れたphysician scientistになることはできません。アカデミックなキャリアへの関心だけでなく、若い世代が能力を発揮することを抑制するのです。

秀道広先生: 人々はその法律に従っているのですか?

ThomasBieber先生: はい。従わなければなりません。

広い世界への道筋を示せば、自ら成長していく
(秀道広教授)

秀道広先生: 日本でも若い世代の皮膚科医の多くが女性ですが、男性と女性は異なる特徴があると思います。
女性は、優れたメンターがいれば、自らをさらに向上させようとする傾向が強いと思います。もし、私たちが昇進や広い世界への道筋を示すことができれば、より多くの女性がその目的や目標に向けて挑戦します。しかし、日本はいまだ男性社会で、まだまだ女性医師が能力を発揮し、活躍できるためのしくみを作る必要があると思います。

ThomasBieber先生: 皮膚科のリーダーですが、現在のドイツを見渡すと、皮膚科の科の科長になる女性たちは増えています。なぜなら、 全ての大学で、男性よりも女性を学科長に指名するようにという政治的圧力があるからです。
大学内には多数のプログラムがあります。 女性がアカデミックなポジションで実際に成功を収めるように促すプログラムです。
ただ、現実は厳しいです。女性が家族と子供を持つと、家庭生活とアカデミックなキャリアを両立させることははるかに難しくなります。100%で働いている男性に対して、例えばある女性は50%で働いているとしましょう。この50%の働きで、彼女たちは男性と同様に高い競争力を持たなくてはならないということです。家庭を持つ女性にとって、科長に任命されるような、科学レベルに達することはとても難しいことです。

秀道広先生: しかし、SID(米国研究皮膚科学会)で活躍している人達と交流すると、女性の科学者や皮膚科医が大勢いて、彼女たちの活動や科学水準は非常に高いと思います。ですから、私は女性皮膚科医に対して、大きな可能性を感じています。

皮膚科の未来のため、進化し続けよう

秀道広先生: ここまで皮膚科の状況について議論してきましたが、医学全体、特に臨床医学における皮膚科医または皮膚科の役割についてお話したいと思います。この点について、Bieber先生はどのようにお考えですか?

ThomasBieber先生: 非常に重要だと思います。なぜなら、皮膚疾患は、おそらく最もよくある疾患だと思うからです。人は年を取ってくると、多くの種類の皮膚疾患にかかりやすくなります。今後、皮膚科医はますます高齢世代が罹患する各種の皮膚疾患を治療できることが求められます。そして、これが皮膚科学の中核をなすことにもなると思います。

秀道広先生: 皮膚疾患や皮膚科に対する社会からの要望は、依然として多いですね。問題は、皮膚科医人口の大半が、美容やお金、あるいは、あまり負担の重くない仕事を求めつつあることです。そしてドイツでは、それに加えて、法律による規制があるのですね。それは驚くべきことですが、この課題への対応は医学全体の分野において進めなければなりません。

ThomasBieber先生: 私達は、常に変化に応じ、常に新しい皮膚科学のありかたを追求しなければなりません。私は、これから人口が高齢化するに連れて、皮膚科の役割はより重要になっていくと思います。30年前、平均寿命が65か67歳だった頃、私たちが現在見るような疾患の多くは目にしませんでした。多くの人々が80歳、85歳となり、状況は全く違ってきました。

秀道広先生: 私たちはそれに立ち向かわな ければなりません...

ThomasBieber先生: 老年皮膚科学も興味あるところで、この分野ではまだやるべき ことがたくさんあります。

秀道広先生: そろそろ議論を終わりにしたいと思いますが、皮膚科医の役割は永遠に続くということですね?

ThomasBieber先生: もちろんです!私たちの未来は明るいです。素晴らしい未来が待っています。

秀道広先生: どうもありがとうございました。

ThomasBieber先生: ありがとうございました。


研究と家庭を両立させることは、家族の助けが得られなければ難しく、両立を望まない人もいる。ただ、20~30年前に比較すると規則が改善し、出産後半年か1年の休暇を取って復職している。男性も妻の出産後に3〜4ヶ月のまとまった休暇を取ることが可能である。 依然として問題なのは保育所で、数は多いが、午後6時までに子供を迎えに行かなければならず、それが大きなストレスになっている。 研修医など若い医師は、定時には仕事が終わらず超過勤務をすることが多いが、子供をもつ女性医師は、保育所の制約からパートタイム勤務をする傾向にある。

研究に関心をもつ医師が減少しているのは事実で、臨床と研究を並行して行う医師は多くない。その理由の1つは、仕事が濃密になってきていることである。高齢化社会でより多くの医療を必要とされているにもかかわらず、 医師の数が減り、事務量が増え、短時間で以前より多くの患者を診なければならず、研究する時間は残されていない。 後継者が見つからないクリニックがあることも問題の1つである。開業に伴う様々な経営上の責務を負いたくないと考える若い医師が増えたこと、地方が敬遠されることなどが理由として挙げられる。 近年、研究をサポートするプログラムが開始された。医学教育を受けている人や研修期間中の人が対象で、特定のプロジェクトに対して助成金を受けることができる。クリニックで働きながら、勤務時間の一部を研究に費やすことができ、アカデミックなキャリア支援の一端を担っている。 また、メンタリング制度があり、研修医全員に、最初の2年間話したり相談したりできるメンターが割り当てられている。 管理職の女性の割合は低く、ドイツでは、37大学の皮膚科教授のうち女性は3名である。他の科の女性教授をみても、子供がいる女性は少ない。子供がいる場合、女性が高い職位に就くことは難しい。女性は出産育児で仕事を中断するため、ストレートな履歴書を持つ男性が昇進することになる。近年、ドイツ皮膚科学会は若い女性たちが昇進への道を進むことを奨励するプログラムを開始した。 このような取り組みのおかげで、仕事で出世することにそれほど性別は関わらなくなっている。今後は、女性医師も少し長くかかっても良い仕事をすれば、管理職に就いていくだろう。まともな仕事をやりたいと思っている 非常に熱心な皮膚科女性医師は多くいるので、そういった女性たちがもっと臨床業務に従事できるように支援すべきだと思う。

INTERVIEWを終えて(東 裕子)

Bieber先生ご自身の若いころの働き方は圧倒的で、その努力の延長線上に現在の先生がいるのだと思うと、先生の若い世代へ想いは、憂いと期待と入り混じったものに感じられました。ドイツもまた、日本と同じように、環境は整備されてきているにも関わらず様々な問題を抱えていることがわかりました。座談会終了時にMockenhaupt先生からもらった「前の世代がやってきた働き方を、若い世代に押し付けるやり方では問題は解決しない」という メッセージは、日本の皮膚科の今後を考える上で大切なことだと思いました。小さな力ではいかんともしがたい壁も感しじましたが、一 人一人が問題を認識し、皮膚科全体で未来を見据えた働き方を模索していかなければならないと思いました。