日本皮膚科学会キャリア支援

ファシリテーションスキルを磨く

2019年1月27日。東京駅近くのフクラシア八重洲でキャリア支援委員会主催News Letter 2019 誌上セミナー『ファシリテーションスキルを磨く』が開催された。実際に行ったセミナーの様子や、セミナーのポイントとなる要素を紹介する企画だ。
講師にお迎えしたのは、トッパンマインド : ウェルネス株式会社代表取締役の岩崎玲子氏。凸版印刷社内ベンチャーとして30代で研修・組織開発のコンサルティング事業を展開するトッパンマインドウェルネス株式会社を設立した。

事業を通じて「自らの"ものの見方"の偏りに気づくことの重要性」をお伝えしてきた、 と岩崎氏は言う。日々の診療などで慌ただしい日々を走り抜けるように過ごす医師は、毎日の診療や業務をこなすことで精一杯で自らの"ものの見方"を振り返る機会はあまりない方も多くいるであろう。今回は、「セミナーに行く時間なんて......」 「セミナーに出ても......」という皮膚科医のために、誌上セミナーを通じ、流行のセミナーでは終わらせないよう、その実際を誌上で体験いただきたい。(N)
岩崎玲子

講師岩崎玲子

株式会社トッパンマインドウェルネス 代表取締役社長

津田塾大学卒業後、凸版印刷に入社。営業部門でマーケティング企画の仕事に従事。平成9年に参加した人事部主催の異業種交流研究会をきっかけに、個人と組織の成長支援のための教育を行う社内ベンチャー企業を設立。 トリの目シリーズ「マネジメント」「コーチング」「ファシリテーション」「リーダーシップ」等の研修を開発し、 講師実績多数。組織活性化や次世代リーダー育成についてのコンサルテーションを行っている。福島大学大学院経済学研究科非常勤講師。著書に『リーダーのためのモチベーション・マネジメント』(PHP)がある。

保有資格:・中小企業診断士・社会福祉士・中央職業能力開発協会認定「キャリアシフト・チェンジ講習インストラクター」・キャリア・デベロップメント・アドバイザー(日本キャリア開発協会認定)・米国組織学習協会「コアスキル(ファシリテーション)コース」修了・マネジメ ントサービスセンター「 アセッサー養成コース」修了
坂口雄人

講師坂口雄人

株式会社トッパンマインドウェルネス

立命館大学卒業後、リクルートにて新卒、中途採用支援業務に従事。事業会社にて販促、マーケティング支援業務。 コンサルティングファームにて、事業デューデリジェンス、戦略策定、オペレーション改善等を経験する。組織に対して多様なポジション、観点でかかわった経験を活かし、チームを機能させるベースとなる信頼関係の構築や、 コミュニケーションの促進を通じて事業成長とそこで働く人のモチベーション向上の実現を目指している

保有資格:・社会保険労務士・Organization & Relationship Systems Certified Coach(ORSCC)

ファシリテーションとは?

今回のセミナーの受講者は8名。中堅とし てリーダーの役割を担う方々ばかりです。参加者のうち7名は女性で、その多くは仕事と子育ての両立に取り組んでいます。
「性格も立場も異なる多様なスタッフがいる中で、マネジメントの難しさを感じていると思います。これまで当セミナーでは、コーチングのように1対1のコミュニケーションについて学んできました。今回は、グループ内のコミュニケーションにも役立つファシリテーションスキルを学んでいきます」との蓮沼直子先生の言葉で、セミナーが始まりました。
まずは講師の岩崎玲子氏が自己紹介。その後、参加者全員の自己紹介へと進むと、「上司から言われて来ました」「正直、ファシリテーションって何なのかわからずに参加しています」という発言に笑いが起こり、会場は次第に和んだ雰囲気に。一方、全員が当セミナーの学びにより、現状をよりよい方向にもっていきたいという意欲をみせ、一体感のある空気が流れました。
次に、4 名ずつのグループごとに、現在の組織の会議の問題点について対話の時間が設けられ、会議の進行役となる機会が多い参加者同士、活発な意見交換が行われました。岩崎講師によると、病院に限らず、組織における会議の問題点は共通しているといいます。
例えば、意見がまとまらず時間内に終わらない、逆に発言しない人が多く活性化しない、上司の意見が優先される、などです。
活発に議論が進む「結果、当初の目的に辿りつかずに会議が終了してしまっては、せっかくのリソースが無駄になってしまう。そういうときに役立つのがファシリテーションです」参加者の関心が高まる中、ファシリテーションの定義について、次のように示されました。 ファシリテーションとは、「メンバーの関係」と「話し合いの中身」の両方に注意しながら、 チームの問題解決を促進し、成果を最大にするための進め方働きかけのこと。中でも「促進し」が重要なキーワードだと岩崎講師は強調します。 「皆さんが組織の問題解決をするのではなく、皆さんのチームのメンバーが問題解決するのを支える。つまり、組織の問題解決を促進す るのが、ファシリテーションであり、この役割を担うのがファシリテーターです」
さらに岩崎講師は、「これからの時代、場面に応じて医師もファシリテーターとなる必要がある」と指摘します。例えば、医療業界を取り巻く複雑な問題を解決するためには、多様な人材の知恵や経験を引き出し、活かす必要があります。また、緊急時にチーム内で合意形成しなければならない、患者さんや家族の納得が得られず治療が進まないといった場面もあるでしょう。
ファシリテーションを使うことで発言が促され、チームのメンバーや患者さんの納得感が高まります。納得すれば、人は自発的に行動しようとします。すると、医療がスムーズに提供され、患者さんは積極的に治療に参加するようになる。そして、それは安心して暮らせる地域づくりにつながります。ファシリテーションは、会議だけではなく、医療現場のあらゆる場面で役立つというわけです。

ファシリテーションの7つのステップ

岩崎講師がアドバイスこのセミナーの目的は、「チームの力を引き出し、問題解決を促進するファシリテーショ ンスキルを身につけること」と「お互いのフィードバックを通して、自分の強みと課題を理解すること」。岩崎講師はその目的を明示したうえで、いよいよ講義はファシリテーションスキルについての解説へ。まず、重要なのは、"7つのステップ" (詳しくはNewsLetter2019の冊子をご覧ください) だとし、それぞれのステップにおけるファシリテーターの役割を、具体例を交えながらわかりやすく説明してくれました。
中でも最も重要なのは、ステップ1の「関係をつくる」。そのためには、ファシリテーターは、自分がファシリテーターであり、メンバーの発言を促す役割であることを宣言し、書記や必要に応じてタイムキーパーを決めるなど、 参加者の役割を明確にします。
そして大切なのは、ファシリテーターは中立であること。 自分の主張をしたり、意見を批判したり加担したりせずに、自身が意見を言うときは、ファシリテーターとしてではなくメンバーとして発言することを明言することが必要だと説明します。 こうした今までとは違うコミュニケーションのあり方に、真剣な眼差しで参加者は耳を傾けていました。そして、岩崎講師がファシリテーターとして必要であり、かつ重要な視点を次のように話します。 「ファシリテーターは、常に鳥のように上から俯瞰しているイメージ。人々の関係はどうか、目的から見て、脱線していないか、自分が中立性を保っているかなどを確認し、軌道修正しながら進めていくことが大切です」他にも、意見を引き出したり、強く主張する人をコントロールしたりするなど、発言し やすい環 境をつくるための具体的なテクニックについて、たくさんのアドバイスがありました。 参加者がファシリテーションとそのスキルについて理解を深めたところで、午前中の講義は終了。午後は、2つのグループに分かれ、 ロールプレイングでファシリテーションを体験的に学んでいきます。

実践!ファシリテーション

ファシリテーター役と書記役で進行と役割確認午後は、実際に4 名のグループでファシリテーションにトライ!
講師は坂口雄人氏にバトンタッチ。ここでの学びの狙いは、"賛否両論、多様な意見が ある中で、目的を共有して理解を深め、メンバーの当事者意識を醸成すること"。提示 されたケースをもとに、午前中に学んだ7つのステップを意識しながら、ファシリテーターと書記が協力して、会議を進めていきます。

CASEテーマ:「短時間勤務など柔軟な働き方の是非」

医療機関にとって人材確保、定着は重要な課題です。 しかし、産休・育休で休みをとる女性医師やスタッフの業務を残ったメンバーの頑張りでカバーするということに一部不満の 声が出ています。 病院では今後も産休・育休だけではなく、 短時間勤務など柔軟な働き方を可能にする制度を充実させていきたいと考えてい ます。そのために改めて、柔軟な働き方を推進することはなぜ大切か、皆で議論することになりました。

① 準備

STEP1 「関係をつくる」を意識 して、役割を明確に。

② 意見を出す(10分)

  • ・STEP2 「目的・進行を共有する」 を意識して、ファシリテーターは、メンバーの 同意を得ながら、会議の目的と進行を共有。
  • ・付箋を使うと意見が出しやすくなり、時間短縮にも。
  • ・メンバーの意見を取り入れながら、 会議を進めることがファシリテーションでは大切な要素。
  • ・模造紙やホワイトボードは、各意見を全員で共有するために重要なアイテム。
  • ・意見を引き出す(STEP3)ために、 切り口を変えるのも大切。

③ 議論する(20分)

④ 結論に導く(10分)

拡散した意見を収束させるためには、意見を構造化することが大切

グループワークを終えて

もう一つのグループも議論が盛り上がる中、ファシリテーションを経験グループワークが終わると、振り返りが行われました。ファシリテーターが議論のプロ セスを説明するとともに、全員で自身の感想や反省点、互いの評価などを発表していきます。ファシリテーター役からは、意見を積極的に出してくれたメンバーへの感謝とともに拡散した意見を収束することや場を俯瞰することの難しさを実感したなどの声がありました。一方で、ファシリテーションによって議論が活性化するということを目の当たりにし、 その有用性を実感したようでした。
書記役から、「書記役もファシリテーションの理解が必要だとわかった」という意見が上がると、坂口雄人講師は "ファシリテーターの一番の味方が書記" と書記役の重要性を示します。また、メンバーはファシリテーターについて、「変なプレッシャーを感じることなく、 自由に発言ができた」「抽象的になってしまう意見も、具体例を出してくれた」とファシリテーターが中立性を保ち、意見を共有しようとしていたことを評価しました。坂口講師から、振り返りの統括と今回の議論のプロセスのポイントについて解説があり、 それぞれの参加者がグループワークで得たことを深めました。これらの経験を活かし、2回目のグループワークは、よりスムーズに議論が展開していきました。
参加者全員がファシリテーションの難しさを感じながらも、何らかの手ごたえを感じたようでした。
セミナーの最後には、参加者全員から、医局や多職種がかかわるスタッフ会議、委員会、部下との話し合いなど、それぞれの立場や状況に応じてできるところからファシリテーションを活かしていきたいといった前向きな声が上がりました。
「皆さんが職場に今日の学びを持ち帰り、ファシリテーションを取り入れていくことで、周囲への影響が少しずつ広がり、もっと組織がうまく回っていくのではないかと思います。ファシリテーションは職場だけではなく、家族との関係性でも活用できます。
ぜひ、できるところからチャレンジしてもらえたらと思います」と岩崎講師が締めくくり、セミナーが終了しました。

誌上セミナーに寄せて

時代が求めるファシリテーションスキル

講師 岩崎 玲子  株式会社トッパンマインドウェルネス 代表取締役社長

私は普段、ビジネス界のリーダーにコミュニケーションスキルの研修を提供しています。ビジネスリーダーは、 チームにおいては自分が問題解決するのではなく、人々が解決するように働きかけることが求められています。 そのほうが、自分の限界を越えて効果的に問題解決ができるからです。効果を出すためには、リーダーが一方的 に話したり指示したりするのではなく、むしろファシリテーターとして意見を引き出し、人々の理解を合わせ、 結論を出すよう促すことが有効なのです。
日常生活を取り巻く環境は刻々と変化しており、医療現場においても医師が診断して治療する灯という本来 の役割を果すだけでなく、例えば、迅速な災害対応、医療機関の経営問題、技術の進展と倫理など、多様な状況 に対処する必要性が生じているのではないでしょうか。
このような状況においては関係者が連携し、最善のパフォーマンスを発揮するよう働きかけなければなりませ ん。先生方が直面する診断して治療する灯以外の問題に対処するために、有効なスキルが「ファシリテーション」 なのです。
今回、8名の先生方とご一緒し、先生方の理解の早さと論理性は強みだと思いました。理解したことを適用する力、さらには意見を構造化して整理する力があり、先生方がファシリテーターを務めてくださったら、多様な 関係者も議論の理解がしやすいのではないかと思います。
一方、医師の世界ではまだまだ縦社会の文化が残っており、率直な意見をいいにくい現実もあるのだと思います。 守るべき伝統や文化と、環境変化に即して変えるものは何か?
これは先生方一人ひとりの選択であり、それがこれからの医療のあり方に影響を与えるのではないでしょうか。

議論のプロセスに貢献するファシリテーターを目指す

セミナー監修 蓮沼 直子  広島大学医学部附属医学教育センター 教授

「ファシリテーション」について聞いたことはあっても、何を指すのかきちんと答えられる方がどのくらいいらっしゃるでしょうか。 司会・進行役とどう違うのか?会議やディスカッションをマネジメントするという意味では一緒ではないかと思われるかもしれません。司会者が課題達成のためのタイムマネジメントや進行を重視するのに対し、ファシリテーターは議論のプロセスにより重点をおき、参加者へ働きかけます。参加者の反応をみながらディスカッションを広げ、深めていき、合意形成に向けてのサポート役を担います。
これまで、日本皮膚科学会が行ってきたリーダー養成ワークショップの多くでは、1 対 1 のコミュニケーションに関するスキルを学んできました。コーチング、医療メディエーションなどです。ロールプレイングを行いながら、どちらかというと個人の目標達成、意思疎通のサポート役について学びました。
実際にはチーム医療の中で、1 対 1 ではなく、多職種や経験、考え方も違うメンバーを取りまとめる機会が多いのも事実で、そういった場面で難渋することもあるでしょう。しかし、「チームメンバーから意見を引き出す」 という意味では、ファシリテーションは、これまで学んだコーチングの応用編といえるかもしれません。
ファシリテーションでは、全体を俯瞰する視点とそれぞれのメンバーの発言や反応をみる視点が必要です。今回のセミナーで実際のワークをみていますと、最初は戸惑っていたような印象を受けましたが、徐々にうまく両方の視点を使いこなしつつあるようでした。もちろんワークショップの中の模擬ファシリテーションですが、安心安全な場でシミュレーションすることは非常に重要で、よいトレーニングになったのではないでしょうか。 参加された皆さんがワークショップで得た経験を持ち帰り、周りにも学んだことを伝えることにより、さらに学びが深まることを期待しています。